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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)4212号 判決

原告 三永興業株式会社

被告 菊池良雄

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の建物を明渡しかつ昭和二九年一一月二四日から右明渡済に至る迄月金四、三五二円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(一) 丸永株式会社(丸永)は、昭和二五年六月二七日、その所有の別紙目録記載の建物(畳、建具付)(本件建物)をその取締役であつた被告に対し賃貸した。

(二) 原告は昭和二九年七月二七日丸永より本件建物を買受け所有権を取得し同日その所有権取得登記手続を完了し本件建物賃貸人の地位を承継した。

(三) 丸永は被告に対し昭和二九年五月二一日発信おそくとも同月二三日到達の書面をもつて本件建物賃貸借契約解約の申入をなし、右の解約の申入はつぎの理由により正当事由があるから、昭和二九年一一月二三日の経過とともに本件建物賃貸借は終了した。

(四) 解約の申入は原告の本件建物所有権取得後原告よりも被告に対し昭和三〇年二月一六日到達の内容証明郵便及び昭和三一年一月一八日到達の内容証明郵便をもつて、している。

(五) 解約の申入に正当事由がある理由はつぎの通りである。

(1)  本件建物は丸永がその取締役であつた被告に社宅として賃料一ケ月金一、二六〇円で賃貸したものにして、その役員又は社員たる身分を喪失すれば直ちに明渡す特約がある。

(2)  被告は昭和二八年七月二五日丸永の取締役を退任し同日丸永の参与となり昭和二九年九月三〇日右参与の地位を喪失した。

(3)  丸永は昭和二六年頃より営業不振に陥り昭和二九年四月頃までに負債約四四億円に及び二〇数億円の債務超過となつたので、丸永の債務整理のためつぎの計画がなされた。すなわち、約四十四億の債務中一二億余円は債権者たる紡績会社、三和銀行を除く他の融資銀行からその債務免除を受け、残余の三二億については、丸永に対する主力融資銀行である三和銀行により昭和二九年四月二八日丸永の債務整理のため特に設立された原告が丸永所有の本件建物を含む不動産帳簿価格三億三千万円のものを二四億数千万円で買取り、原告は三和銀行よりの借入金をもつて右代金を支払い、丸永は原告より受領する右代金で丸永の前記債務を弁済すること。そこで本件建物を時価より遙かに高額に買受ける原告が本件建物をできる限り高く換価してできる限り三和銀行に借入金を返済できるように、原告に対し、本件建物を空家として引渡すため丸永は被告に対し前記解約の申入をした。その後丸永の債務整理は前記計画通り実施され、原告は本件建物を昭和二九年七月二七日丸永より買受け同日その登記手続を完了し、丸永は前記の方法による債務整理の後、昭和二九年一一月三〇日日綿実業株式会社に吸収合併された。

(六) よつて原告は被告に対し本件建物の明渡、昭和二九年一一月二四日より右明渡済まで一ケ月金四、三五二円の割合の賃料相当の損害金の支払を求める。」

と述べ、

被告の主張に対し、

「被告主張の停止条件附贈与契約成立の事実を否認する。

仮りに贈与契約成立したりとするも取締役会の決議なく無効である。

仮りに然らずとするも書面によらざる贈与にして履行の終らざるものなれば本件建物の所有権を譲受けた原告は本訴において贈与の意思表示を取消す。従つて贈与は失効した。

仮りに然らずとするも被告においてその所有権取得の登記なき以上、原告に対抗できない。

被告主張の相殺の抗弁は時機に遅れて提出された抗弁であるから民事訴訟法第一三九条により却下せられたい。

被告主張の反対債権の存在を否認する。仮りに反対債権ありとするも、原告は本訴において被告に対し所有権侵害の不法行為による損害金の支払を請求しているのであるから、民法第五〇九条により相殺は許されない。」

と述べ、

証拠として甲第一ないし第三号証、第四ないし第六号証の各一、二第七号証、第八号証の一ないし一二、第九ないし第一一号証、第一二号証の一、二を提出し、証人国分政次郎、同不破栄一の各証言原告代表者松本勝敏の供述を援用し、乙第一、第二号証の成立を認め乙第三号証の成立は不知と述べた。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「(一) 原告主張の事実中(一)の事実(二)の事実中原告が丸永より昭和二九年七月二七日本件建物を買受ける契約を締結し同日その登記手続を完了した事実(五)の(2) の事実(五)の(3) 事実中丸永吸収合併の事実は認めるがその余の事実は争う。

(二) 丸永社長不破小一郎は昭和二五年六月本件建物を被告の丸永退社を停止条件として、被告に贈与したものである。

すなわち、被告は、昭和二二年九月より丸永の取締役東京支店長として在職していたが、昭和二五年六月本店勤務を命ぜられたので、丸永社長に家屋購入のため金員借用を申入れたところ、社長は、個人名義による買入は税金等のこともあるから会社で買つて置くが被告退社のときは建物を贈与する旨言明し、被告の希望した本件建物を丸永が買入れたのである。

贈与の停止条件は昭和二八年七月二五日被告の丸永退社によつて成就し同日限り被告は本件建物の所有権を取得し右贈与に基く丸永の本件建物引渡義務の履行は終つている。

原告会社は丸永の残務整理のため設立されたのであるから両者は法的には別人格なるも事実上は同一会社であるから、被告は本件建物所有権を原告に対し対抗できるものである。

(三) 仮りに被告の本件建物所有権取得の主張が認められないものとすれば、被告は原告主張の(二)記載の事実を認める。従つて原告は賃貸人の地位を承継したものであるが、原告主張の解約申入は正当事由なく無効である。

本件の場合、丸永は合併による清算過程にあつて、後任者ないし他の社員を入居せしめる必要性なく、原告は不動産賃貸借をも事業目的としており、現在十数億円もすると思われる丸永本社社屋は他に賃貸中である。

(四) 被告の本件建物所有権取得の主張が、認められないものとすれば、被告は左の如き必要費償還請求権を有するを以て家賃金債務と対等額において相殺する。

総額金一〇一、二二〇円

内訳

(1)  金四六、〇〇〇円 庭園工事費 昭和二九年四月末支払

(2)  金六、〇〇〇円  植木手入 昭和三〇年一〇月一五日支払

(3)  金二七、一八〇円 畳表替の費用 昭和三〇年一二月支払

(4)  金四、二〇〇円  植木手入 昭和三一年九月二〇日支払

(5)  金三、六〇〇円  植木手入 昭和三二年八月二五日支払

(6)  金一二、八〇〇円 風呂桶、風呂釜修理 昭和三三年一月二五日支払

(7)  金一、四四〇円  大工工事 昭和三三年二月四日支払

と述べ、

証拠として、乙第一第二号証、第三号証の一ないし九を提出し証人高田鉄次、同田中季男、同村田和勝の各証言、被告本人の供述を援用し、甲第一ないし第六号証第八号証の一ないし一〇第九号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は不知と述べた。

理由

原告主張の事実中(一)の事実は被告の認めるところである。

被告は、丸永社長不破小一郎との間に本件建物について停止条件附贈与契約が成立したと主張するけれどもこの点に関する証人高田鉄次の証言、被告本人の供述は容易に信用し難く他に右事実を認めるに足る証拠はない。

従つて原告主張の(二)記載の事実は被告において認めるところとなる。

成立に争ない甲第二号証と被告本人の供述によれば丸永が被告に対し昭和二九年五月二一日発信おそくとも同月二三日到達の書面をもつて本件建物賃貸借契約解約の申入をした事実を認めることができる。

よつて右解約申入の効力について判断する。

(1)  原告主張の事実中(一)、(二)、(五)の(2) の事実及び(五)の(3) の事実中丸永吸収合併の事実は被告の認めるところである。

(2)  証人国分政次郎、同不破栄一の各証言及び原告代表者の供述によれば、丸永は昭和二六年頃より営業不振に陥り昭和二九年四月頃までに二〇数億円の債務超過となつたこと、その債務整理の方法として丸永に対する主力融資銀行である三和銀行により昭和二九年四月二八日丸永の債務整理のため特に設立された原告が丸永所有の本件建物を含む不動産帳簿価格約三億三千万円のものを二四億数千万円で買取り、原告は三和銀行よりの借入金をもつて右代金を支払い、丸永は原告より受領する右代金で債務整理の上、日綿実業株式会社に吸収合併される計画が立てられたこと、そこで本件建物を時価より遥かに高額に買受ける原告が本件建物をできる限り高く換価してできる限り三和銀行に借入金を返済できるように、原告に対し、本件建物を空家として引渡すため、丸永は、被告に対し、前記解約の申入をしたこと、その後丸永の債務整理は前記計画通り実施され、丸永は債務整理の後日綿実業株式会社に吸収合併されたこと。

以上の事実関係の下において前記解約の申入は正当の事由があるものと判断する。被告主張の(三)の事実は右判断を覆えすに足りない。

建物所有者たる賃貸人が解約の申入をなした後六ケ月の申入期間満了前に建物を他に譲渡し賃貸人の更替あるときは、前賃貸人の解約の申入は、原則として申入事由の消滅によつて効力を失うものと解されるが、前記認定の本件の場合の如く、解約申入の事由に変更を生じないと考えられる特段の事情の下に賃貸人の更替が行われたときは、解約の申入の効力はそのまま存続するものと解すべきである。

従つて原被告間の本件建物賃貸借は昭和二九年一一月二三日限り終了したものと認められる。

成立に争ない甲第八号証の一ないし一〇によれば本件建物(畳建具付)の昭和二九年一一月二四日以降の相当賃料は一ケ月金四、三五二円以上である事実を認めることができる。

原告は本訴において、本件建物賃貸借終了前の賃料の請求をしていないから被告の賃料債務と相殺する旨の主張は採用できない。

よつて原告が被告に対し本件建物の明渡、昭和二九年一一月二四日から右明渡済まで年六分の割合の賃料相当の損害金の支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八九条第一九六条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 小西勝)

目録

豊中市高砂通三丁目一番地上

家屋番号同町第二五番

木造瓦葺二階建居宅 一棟

建坪三二坪二階坪一四坪八合

附属建物

木造亜鉛鋼板葺平家建物置 一棟

建坪二坪三合

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